「新体操選手から世界が待ち望んだ映画監督へ――坂本あゆみさん」
今年2月、初監督作品『FORMA(フォルマ)』が、世界三大映画祭であるベルリン国際映画際で日本人初受賞を成し遂げ、史上初の快挙と絶賛を浴びました。今最も注目されている新鋭の映画監督、坂本あゆみさん。実は学生時代は新体操選手で、国体にも出場されたという輝かしい経歴もお持ちでした。現在も映像製作の傍ら、都内の新体操クラブで子供達を指導されているそうです。
そんな多彩な魅力を放つ坂本あゆみさんに、菜食への契機や心身の変化、そして深遠な人生観まで、お話をうかがうことができました。
VM 「まずは坂本さん、史上初のご受賞おめでとうございます!今月16日から全国公開になりましたね。最後まで見るとやっと仕掛けがわかる、そして心の奥底にずしりとくる映画でした。桃井かおりさんをはじめ、専門家の方々も皆絶賛されていますね。」
坂本 「ありがとうございます。日本で沢山の方に見てもらえたらいいなと思います。」
VM 「さて、映画についてはあちこちでインタビューを受けていらっしゃると思いますが、今日は映画の話を離れて、ベジーマンデーを支持してくださっている坂本さんの食生活についてお聞きしたいと思います。まず菜食を始められたきっかけを教えていただけますか?」
坂本 「最初は動物実験の事から入りました。二十歳ぐらいの時、この世の沢山の製品が動物実験により成り立っている事を知り、とてもショックを受けました。
インターネットもそうですね。沢山の犬や猿が生きたまま宇宙に飛ばされ、人間はそれと引き換えに便利さを手に入れました。帰ってこなかった動物も沢山いるそうです。孤独のうちに宇宙で死んで行った動物達の事を思うと、胸が掻きむしられる思いになります。
自分や人類が加害の立場であるという事がとても苦しく、生きているのが辛かった時期もあります。でも、最初は自分がヴィーガンになるという事は思っていませんでした。まず、動物実験している化粧品、毛皮や腹子を買わない事から始めました。そして何度もお肉をやめてみて挫折したり、放し飼いで育ったお肉や平飼いの卵だけは食べるとか、魚のだしは目をつぶる、とか沢山の段階を踏んで、食に関しては3年ぐらいかかりました。それに体調を壊したりとか色々と紆余曲折あって‥。」
――ドイツに背中を押されてヴィーガンに――
VM 「坂本さんは繊細でとてもお優しいんですね。動物のこともいろいろお調べになってて。体調を壊したというのは、食生活を変えようとしたからですか?」
坂本 「いいえ、私は動物がとても好きなのに、ステーキやお寿司が大好きで、動物を食べている事がとてもストレスであり、苦しみでした。あんまり考えないようにしていましたが、
だんだんと耐えられなくなって、精神のバランスを崩し、仕事を休業して実家で病院に通いながら療養していました。その時はお肉だけでなく、食べる事自体が嫌になっていました。それから、なんとか持ち直しましたが、いつも心にはしこりのようなものが残っていました。
そして、映画祭でドイツに行った事が完全なヴィーガンになる大きなきっかけでした。2つあります。まず1つは日本に比べ、菜食の文化が随分進んでいるのに驚きました。菜食の敷居が低かったんです。ヴィーガンのスーパーとか、なんでもありました。
もう1つは、映画祭で大きな賞を頂いた事です。この事は私を真剣にさせました。映画を撮る事ができたのは私以外のみんなのおかげです。スタッフやキャスト、応援して下さっている全ての皆さま、映画を見て下さったお客様や審査員のみなさん、そしてこの世の全てのおかげです。
ブラジルの道ばたに落ちている石ころでさえ、私という人格を形成していると、本当に厳かな気持ちになって感謝の気持ちで一杯で、感謝してもしたりず、次元が裏返っちゃうかと思う位、この世の奥行きを感じる事ができました。そうすると自然と謙虚な気持ちになって、自分の事とちゃんと向き合おう。ちゃんと向き合ってこれからも映画を精一杯創っていきたい。と思いました。そして向き合った結果、すんなりヴィーガンになれました。
それを映画のプロデューサーに言った所、『やっとなったね、遅かったね』と笑われました。まためんどくさい事を言い出したと言われるかと思っていたので、拍子抜けしました。(笑)でもその言葉には救われましたし、頑張るぞと思いました。
今はとても自然にヴィーガンです。何も無理していません。あんなに大好きだったお寿司もお肉も今は全く食べたいと思わなくなりました。」
VM 「ベルリンでの受賞がきっかけだったんですね。プロデューサーのお言葉も温かいですね。ドイツの菜食文化はすごいと聞いてます。」
坂本 「すごいですよ。ドイツが背中を押してくれたと思っています。勤勉で社会意識の高い、素晴らしい国でした。つい最近もまたドイツに行きましたが、ドイツの若者たちは基本みなベジタリアン、という感じでした。毎日完全なヴィーガンではなくても、“菜食の方がよい”という価値観がゆきわたっているので、できるだけ菜食で行こう、という意識があるようでした。日本でヴィーガンを広めたいと言ったら、たくさんのドイツの若い人たちに『がんばって!』といわれました。」
VM 「ドイツは国として菜食を導入するかが選挙の争点になったようですね。環境への意識も高いですし、ずいぶん日本との差を感じます。」
坂本 「そうなんですね。しかし、日本でも頑張っている方は沢山いらっしゃいます。私はその方達に勇気を貰っています。動物愛護活動をされている方々も沢山いらっしゃるし、おいしいヴィーガンレストランもありますし、名古屋ではヴィーガングルメ祭りが開催されています。まだ行った事はないのですが、食いしん坊の私にはわくわくするお祭りです!」
VM 「おすすめのヴィーガンレストランはどちらですか?」
坂本 「ほぼ毎日のように事務所のスタッフと行っている三宿にある“オルオルカフェ”さんです!メニューも豊富だし、ボリュームもあり、とにかく美味しいです!お店をやっていらっしゃるご夫婦は、ヴィーガンではない人にむしろ食べて欲しいという思いで作られているので、そこで食べると誰でも簡単にヴィーガン、ベジタリアンになれると思います。お肉いらないって本当に思わせてくれるお店です。かなりびっくりすると思います。」
VM 「オルオルカフェさんは本当に美味しいですよね!あそこのお肉(植物性)は絶対にみんな騙されると思います(笑)」
――自然に減量、体調も改善、肌や髪もきれいに。霊感もつく?――
VM 「それで坂本さん、ヴィーガンになって身体的に、または精神的に何か変化はありました?」
坂本 「あります!完全なヴィーガンになって、最初の1ヶ月で、食べ物以外全く何もしていなかったのに5、6キロ痩せました!そしてトータルで10キロやせました。新体操時代、減量に苦しんだので、その頃からヴィーガンしていれば、もっと選手として活躍出来たかもしれないなと思います。本当に思います。
ヴィーガンのアスリート沢山いますよね。それから、とても不規則な生活をしているのに、肌や髪や爪がすごくきれいになりました。リンス使わなくても髪はサラサラだし、化粧水や乳液も基本的には要らないです。冷え性や肩こりはなくなり、元々ヘルニアですが、腰痛も、そして疲れ目もかなりよくなりました。好い事しかないです。」
VM 「そんなにたくさん!すごい変化ですね!精神面では何かありました?」
坂本 「とてもいいです。ストレスが1つなくなったので、身体共に充実しています。周りにも明るくなったとか、雰囲気が柔らかくなったとか言われます。でも、今まで目をそらしていた事に目を向けるわけですから、知らなかった事も沢山知る事になり、苦しい気持ちになる事も多々あります。
それにヴィーガンになっても、人は完全に加害の立場から逃れる事は不可能なので、これで終わりではないと思っています。慢心してはいけないし、もっともっと少しでも出来る事を見つけていかないといけないと思います。
先人達や、ヴィーガン、ベジタリアンや動物愛護の運動をされている方々に勇気をもらいながら、やっと前へ進む事が出来たように思います。
それに、神経や感性が研ぎすまされて来たと確信しています。頑張れば霊感みたいなのがつくかもなあと漠然と思います(笑)。霊感というか、第六感といううか、なんて言いますか、動物や人間だけでなく、全ての物に、人間とは次元の違う意識みたいなのがあるのが漠然とですが、感じるようになりました。だから野菜や果物とかも切る時は罪悪感を覚えます。でも食べてしまうけど。
死ぬまでにはフルータリアンになりたいと思っています。こんな事言ってると変人扱いされそうですが、見ての通り、俗にまみれた普通の女です。おしゃれも、ケーキも大好きです。(笑)」
VM 「俗にまみれたなんてとんでもないです。やはり映画監督になられる方は凡人ではないのだなあ、と感動しています。そしてとても勉強になります。」
坂本 「いえ、決してそんな風に言わないで下さい。私は普通ですし、俗世間に生き、普通である事が大切だと思っているのです。特別な人間だからヴィーガンをやっている訳ではわけではないのですし、特別であろうとも思っていません。ただ映画のために少し深く考えているだけなのです。」
――人間は罪深い。罪を感じる事が出来るという事は何か意味のある事――
VM 「坂本さん、これから映画や映像作品を通して、あるいは映画以外でも、伝えていきたいこと、取り組みたいことなどありますか?」
坂本 「映画を通してというよりも、私の人生を通して、人間がいかに罪深い生き物なのか、私に出来る事は何かを自問自答していきたいと思います。それが結果として1人でもヴィーガンやベジタリアンになるきっかけになったらこんなにうれしい事はありません。
それから、映画や芸術の為に動物を殺したり、死体を使ったり、いじめたりする事が世界的に禁止になればいいと思います。そういった表現も理解できますが、わざわざ殺さないでも別の形で表現する事は出来ますし、それにそこが作家の腕の見せ所だと思うから、私はその事を根底に置いて作品を創っていきたいと思います。
映画を撮る、何かを伝えようとする、と言う事はある意味傲慢な事です。その事に真摯に向き合って、自問自答していきたいです。そして、動物に残酷な事をしなくてもこんなにも豊かに表現出来るんだと言う事を証明していきたいと思います。今度公開される映画『FORMA』も残酷なシーンを使わず、人間の残虐性を描いています。」
VM 「伝えたいのではなく、自問自答して生きていくことなのですね。坂本さんの人生観やご人格が滲み出る、素晴らしい作品がたくさん生まれてくる気がいたします。
最後に坂本さん、読者に向けてメッセージがあればお願いします。」
坂本 「菜食主義の人もそうでない人も、けんかせずにみんなで知恵を出し合って、前向きな議論をしていけたらいいなと思います。人間は罪深い生き物ですが、罪を感じる事が出来るという事は何か意味のある事だと思います。きっと、食に関して新しい時代が来る気がしています。もし興味を持って下さったら、週に一回から肉無しの日を始めてみて下さい。きっと何かが変わります。」
VM 「なるほど、“罪を感じる事ができるという事は何か意味のあること”、そうかもしれませんね。何でも正当化されがちな世の中で、見落としがちな小さな罪の感覚に敏感でいると、人間が傲慢にならずに謙虚に生きていける気がします。
坂本さん、今日は素晴らしいお話をどうもありがとうございました!」
〜〜インタビューを終えて〜〜
くったくなく笑ったり、喜んだり、悲しいニュースに涙を流したり、少女のように純粋で、鋭敏な芸術家、深遠でゆるぎない独自の哲学、そしてとても謙虚なご姿勢。人間性の深さと知性と美しさを強く感じました。お話をうかがっていて、映画をひとつ見終わったような感動がありました。こんな素晴らしい方がベジーマンデーの活動をサポートしてくださることに、感謝の気持ちでいっぱいです。
<坂本あゆみ>
『FORMA』で映画監督デビュー、
第26回東京国際映画祭2013 日本映画スプラッシュ部門 作品賞受賞
第64回ベルリン国際映画祭2014 フォーラム部門 国際映画批評家連盟賞受賞
第38回香港国際映画祭2014 ヤング・シネマ・コンペティション部門 スペシャルメンション
第19回ヴィルニウス国際映画祭(リトアニア)、ムーヴ映画祭(ベルギー)、チョンジュ国際映画祭(韓国)、サブヴァーシヴ映画祭(クロアチア)、日本コネクション(ドイツ)、クリティバ国際映画祭(ブラジル)、台北映画祭(台湾)公式出品
『FORMA(フォルマ)』8月16日渋谷ユーロスペースほか、全国順次ロードショー
フォルマ公式サイトリンク
映画『FORMA』公式フェースブック
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